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日本語の語順と文構造

*以下の日本語文法は私の独自の解釈によるものです。文中で解説している文法用語は独自のものです。

 

日本語の文構造は大きく二つのパーツに分解することができます。

本節(ほんせつ)は、後述する二つの種類に分かれる部分で、主部、目的部、述部、および「ね」や「よ」などの終助詞を含む部分です。

係節(かかりせつ)は、本節の直前に置かれ、文脈を限定する役割を果たします。「は」や「も」などの係助詞が接続されるのがこの部分です。

日本語には大きく分けて二つの種類の文があり、その違いは本節の構造に表れます。本節に「です」を用いるものを「です文」、「ます」を用いるものを「ます文」と呼びます。

です文は、目的部は含まれず、主部と述部から構成されます。述部は名詞節、形容名詞節、または形容詞節に「です」を接続することで構成します。です文の述部となるこの部分を「です句」と呼びます。

ます文は、「です」ではなく「ます」を用いる構文で、主部、目的部および述部を含みます。ます文の述部は、「ます」で終わる単独の動詞によって構成されます。この時、動詞には付属語が接続されることもあります。ます文の述部となるこの部分を「ます句」と呼びます。

主部および目的部は、名詞節によって構成されます。主部には「が」、目的部には「を」などの格助詞が接続されることがあります。

です分、ます文のいずれにおいても、係節の構造は同じです。係節は、本節とは独立し、名詞節から構成されます。「は」、「も」、「って」などの係助詞が接続されることがあります。話し言葉においては、係節と本節の間にはわずかなポーズが置かれることがあります。書き言葉においては、読点が置かれることがあります。

話し言葉においては、係節が単独で用いられることもあります。顕著な例は係助詞「は」を接続し、疑問文のイントネーションで発声を終えることで構成する「は疑問文」です。

例を見てみましょう。有名な「象は鼻が長い」は、以下のように分解されます。

(係節)象は、(主部)鼻が(述部(です句))長い。

初めの係節「象は」で、続く本節の文脈が「象」に関する話題に限定されることが示されています。接続されている係助詞「は」は、排他係助詞であり、単に象の話をしているというだけでなく、本節に述べられている内容は象に排他的に適用されるということを示しています。直前に亀やクジラの話をしていたのであれば、「は」を用いることによって、「鼻が長いのは象であって亀やクジラではない」ということを示すことができます。

主節の初めの部分である主部「鼻が」は、続く述部「長い」の主語が「鼻」であることを示しています。接続されている格助詞「が」は強調の役割を果たします。象は足も長いし尻尾も長いかもしれないが、それでもやはり象について長いものを一つ挙げるならそれは鼻である、ということを示しています。

最後の述部「長い」は、主語である「鼻」が「長い」ということを示しています。

もう一つ日本語学において有名なです文といえば、「僕はうなぎだ」があります。これは「うなぎ文」として知られています。

(係節)僕は、(述部(です句))うなぎだ。

先ほどの例とは違い、主部が欠損しています。主語が欠損しているので、当然それに含まれるべき主語もありませんから、文脈によって補うということになります。

係節「僕は」は、本節で述べている内容が「僕」に関することであるということを示していますが、それだけでは主語はわかりません。もともとうなぎ文は、料理店で注文を聞かれた際に出る表現として紹介されました。この場合、主語は「僕が注文したいもの」ということになります。別の場合も考えることができます。例えば、「好きな食べ物は何ですか」と聞かれ、数人が答えた後、あなたは「僕は、うなぎだ」と答えることができます。この場合は、「僕が好きな食べ物」が主語だということができるでしょう。いずれの場合においても、主語は「僕」に関係のあることでなければなりません。

以上はです文の例でしたので、次はます文の例を見てみましょう。

(係節)ソビエトロシアでは、(主部)テレビが(目的部)あなたを(述部(ます句))見張る。

ます文なので、目的部を含めることができます。目的語「あなた」に接続されている「を」は「が」と同様に格助詞で、強調の役割を果たします。テレビは私をもあなたの母親をも見張っているかもしれないが、それでもテレビが見張るものを一つ挙げるならそれはあなただ、ということを示しています。

ます文においても、です文においても、主部は頻繁に省かれます。係節によって文脈が限定されるので、主語は自ずと明らかであることが多く、その場合、さらに重複して主語を指定することは忌避されます。