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We need to talk about Kevin / 少年は残酷な弓を射る

We need to talk about Kevin (邦題:「少年は残酷な弓を射る」) は、2011年に公開された映画です。

韓国で人気だったという友人の勧めで見てみたのですが、はっきり言ってどうしてこのような映画が人気になるのか、首をかしげざるを得ない内容でした。

主人公は旅行会社で働いていた女性「エヴァ」で、映画は回想シーンが主になります。夫となる男性「フランクリン」と知り合って、その子「ケヴィン」をもうけたエヴァは、母親としての生活を始めますが、ケヴィンはなかなかエヴァになつかないばかりか、悪意を感じるような、エヴァを苦しめる行動を繰り返します。

エヴァの旅行会社時代の思い出の詰まった、壁一面に世界の地図が貼られた部屋をペンキで台無しにしたり、エヴァが履き替えさせたばかりのパンツに態とらしくうんちを漏らしたり、エヴァとの遊びを拒否したり、生まれたばかりの妹「セリア」の顔に水をかけて泣かせたり、妹が飼っていたハムスターを水道管に流して詰まらせたりと、見てるこちらが憂鬱になるようなことばかりで、エヴァには全く救いがありません。

一方、ケヴィンはフランクリンとの関係は良好で、一緒にテレビゲームで遊んだり、フランクリンがプレゼントした弓を気に入って庭で練習をしたりします。エヴァがジャムを塗って与えたパンを、ケヴィンはジャムの面を下にしてテーブルに叩きつける一方、その直後に帰宅したフランクリンには「ダディ!」といかにもかわいい子供らしい声をあげて駆け寄るシーンは、ギャップを見せつける強烈さがありました。

ケヴィンのエヴァに対する憎悪に満ちた態度と、フランクリンに対する好意的な態度はケヴィンが高校生になるまで持続し、ついには夫婦仲も悪くなってしまいます。

そんなある日、ケヴィンは高校の体育館に立てこもり、持ち込んだ弓矢を使って、高校の生徒たちを殺害します。連絡を聞いたエヴァは高校に駆けつけ、叫び声をあげる関係者たち(保護者たちでしょう)と、体育館から出てきて両手を上げて警察官に手錠をかけられるケヴィンと、担架に乗せられて運び出される被害者たちを目にします。

なすすべもなく家に帰ったエヴァは、自宅の庭でフランクリンとセリアが、同じように矢で射抜かれて殺されて射るのを見つけます。

大量殺人犯の母親となってしまい、家族も失ったエヴァは、隣人たちからいじめられるなど、惨めな生活を送ります。事件から2周年の日に刑務所にケヴィンに面会に訪れたエヴァは、なぜ事件を起こしたのかケヴィンに尋ねますが、ケヴィンは「以前は分かっていたつもりだったが、今ではわからない」と答えます。

結局のところ、どうしてケヴィンがここまでエヴァに対する憎悪に満ちていたのか、何が彼に事件を起こさせたのか、全く答えは与えられず、惨めなエヴァの人生にも救いは与えられず、ケヴィンも状況を受け入れているだけで、何かを克服したという描写はありません。

悲劇を描いた映画として高く評価されているようですが、確かにケヴィンとエヴァのように、フィットしなかった子と母の悲劇と、それにまつわる家族の崩壊、さらには大量殺人に至る本人の暴発に至る過程をよく描いているとしても、私のような、映画の専門家でない一般人が見て楽しめる類の映画ではないと思いました。

もっとも、この映画を見てから、その内容が頭から離れないので、ある意味で「ハマって」しまったのかもしれません。良くも悪くも、強烈な内容です。