「が」と「の」が修飾節において交換可能になる理由

「が」は主語マーカーで、「の」は連体修飾節専用のコピュラです。「の」が所有マーカーではないという話を前の記事で書いたので、この前提に疑問がある方はご参照ください。

ところで、日本語の文では、「が」と「の」が交換可能になる文があります。次のような文です。

  • キモくて金のあるおっさん
  • キモくて金があるおっさん

この二つの分は、「が」と「の」の違いがありますが、意味は同じです。なぜ、主語マーカーである「が」と、全く働きの違う「の」が交換可能になるのでしょうか?

「が」と「の」が単に入れ替わっているわけではない

以下の構文木をご覧ください。なお、「キモくて」の部分は割愛してあります。

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それぞれ違う構文木になっています。つまり、単純に「が」と「の」が入れ替わっているわけではなく、文の構造が違うので、それに応じて「が」と「の」が選ばれているというわけです。

さて、それぞれどういう意味なのか、メタ言語で書いて行きたいと思います。ラムダ表現を使いたいのですが、難しいので諦めました。

「金のあるおっさん」

まずは、「金のあるおっさん」から。

まず、名詞「おっさん」ですが、具体的に誰なのかということが明らかになっていませんので、ここでは「おっさんX」とおいておきます。

  • おっさん = おっさんX

次に、動詞「ある」です。これは動詞なので、真偽値がある単語になります。「ある」なら真、「ない」なら偽とかそういうことです。「ある」といっても「何がある」と真なのか明らかになっていませんので、仮に「Yがあるなら真」とします。また、「ある」は、「ここにリンゴがある」というように、「どこに」という引数をとる動詞ですので、「YがZにあるなら真」とします。

  • ある = YがZにあるなら真

構文木に従い、この二つを組み合わせて「あるおっさん」の値を決定します。

ここで注意しなければならないのは、「ある」は修飾説だと言うことです。例えば、名詞Aを修飾する修飾節Bなら、「Bが真であるようなA」と言う意味です。

したがって、次のような意味になります。

  • 修飾説 = Bが真であるようなA

これに「YがZにあるなら真」を代入します。この時、Aは「もの」の変数で、「B」が真偽値の変数ですから、同じく真偽値である「YがZにあるなら真」はBにしか代入できないことがわかります。

したがって、以下のようになります。

  • ある(修飾節) = YがZにあるようなA

そして、この修飾節が、名詞である「おっさんX」を修飾します。

  • ある(修飾節)おっさん = YがZにあるようなおっさんX

少し空きの変数が多いですが、元の文の意味を考えると、Zが意味するところは明らかです。以下のようになります。

  • ある(修飾節)おっさん = Yがそれ自身にあるようなおっさんX

やっと「あるおっさん」の意味が確定できました。

なお、このように「元の意味を考えて変数の値を確定する」という操作を今後も行いますが、これは値を完全に恣意的に決定しているわけではなく、文脈に現れている値を代入しています。この場合、すでに文脈に現れている「おっさんX」を代入し、「それ自身」と表記しています。

次に、「金の」ですが、これが少し込み入っています。前の記事で書いた通り、「の」は修飾節のコピュラで、「AのB」というとき、「Aです」が「B」を修飾しているという話でした。

なので、少し分解して、まずは「金です」の意味を決定します。

  • 金です = Dが金なら真

これは異論ないと思います。これを修飾説にしますので、先ほどの通り、この文を「Bが真であるようなA」に代入します。以下のようになります。

  • 金です(修飾節)= Dが金であるようなA

さて、この文に先ほどの「あるおっさん」つまり「Yがそれ自身にあるようなおっさんX」を代入します。繰り返しますが、修飾節「Bが真であるようなA」は、修飾される名詞を「A」に代入します。

  • 金です(修飾節)ある(修飾節)おっさん = Dが金であるような、 Yがそれ自身にあるようなおっさんX

さて、やっと文ができました。ですが、この文は少し曖昧で、まだ解釈を狭める余地が残っています。元の意味は「金を持っているおっさん」ですので、「おっさんX」が金を持っているように解釈する必要があります。また、持っているものは、「Y」と定義されています。この時、「Dが金である」と定義されていますので、 D = Y ということができます。したがって、

  • 金です(修飾節)ある(修飾節)おっさん = Yが金であるような、 Yがそれ自身にあるようなおっさんX

Yの値が不確定ですが、「Yの値が何であれ、Yがそれ自身にあり、かつYが金であるような、何らかのおっさんX」という文(名詞節)であることが読み取れます。これは「金のあるおっさん」という文の意味と一致しています。

お疲れ様でした。これで「金のあるおっさん」の意味が出来上がりました。

金があるおっさん

次に「金があるおっさん」です。これで同じ意味にたどり着くことができれば、「が」と「の」が交換可能であるという現象のメカニズムを、少なくともこの例においては解明できたことになると思います。

「おっさん」はすでに定義できていますので、「金がある」という文を定義します。

  • 金がある = 金がXにあるなら真

次にこれを(修飾節)に代入します。

  • 金がある(修飾節) = 金がXにあるようなY

これが「おっさん」を修飾します。

  • 金がある(修飾節)おっさん = 金がXにあるようなおっさんZ

前回は「おっさんX」としましたが、Xをすでに使ってしまったのでZにしました。変数名は何でもいいので同じことです。

さて、このXは、前回と同じように、「おっさんZ」を代入することができます。したがって、次のようになります。

  • 金がある(修飾節)おっさん = 金がそれ自身にあるようなおっさんZ

これで「金があるおっさん」の意味が完成です。「金のあるおっさん」よりもずいぶんシンプルに見えます。比べて見ましょう。

「金があるおっさん」と「金のあるおっさん」が等しいことを示す

先に変数を揃えます。また、番号を振ります

  1. 金がある(修飾節)おっさん = 金がそれ自身にあるようなおっさんX
  2. 金です(修飾節)ある(修飾節)おっさん = Yが金であるような、 Yがそれ自身にあるようなおっさんX

二つの式が等しいことを示すには、ある一方が真であるとき、常にもう一方が真であり、かつ、ある一方が偽であるとき常にもう一方が偽であることを示せばたります。

ここでは、「おっさんX」に代入する具体的なおっさんを想定して、この「おっさん」が「金があるおっさん」と「金のあるおっさん」の条件を満たすかどうかを考えます。

「おっさんX」に代入する具体的なおっさんは、おっさんであれば誰でもいいので、世界中の全てのおっさんを代入することができます。

この時、世界中のすべてのおっさんを「金を持っているおっさん」と「金を持っていないおっさん」のグループに分けます。

おっさんXが金を持っている場合

おっさんXが金を持っている場合は、1の条件を満たします。

次に2の条件を満たすかどうかですが、Yをどう扱うかが問題です。

Yが金であると仮定した場合

Yが金であると仮定した場合は、Yに金を代入できるので、2は次の式と等しいことになります。

  • 金です(修飾節)ある(修飾節)おっさん = 金が金であるような、 金がそれ自身にあるようなおっさんX

この時、「金が金であるような」はトートロジーなので、削除することができ、次のようになります。

  • 金です(修飾節)ある(修飾節)おっさん = 金がそれ自身にあるようなおっさんX

これは1の式と全く同一です。また、条件を満たしています。

Yが金でないと仮定した場合

Yが金でないと仮定した場合は、Yを「金でない何か」と定義し、代入します。以下のようになります。

  • 金です(修飾節)ある(修飾節)おっさん = 金でない何かが金であるような、 金でない何かがそれ自身にあるようなおっさんX

「金でない何かが金である」というのは、矛盾ですので、このような条件を満たすおっさんは存在しません。

この時、この具体的おっさんは、1の条件を満たし、2の条件を満たさない、という状況が発生しますが、このような(金でない何かが金であるような)おっさんは誰もいないので、次のことが言えます。

「世界中のすべてのおっさんについて、そのおっさんが金を持っているのならば、1の条件と2の条件を常に同時に満たす」

ここまでで、1と2は同じ条件で真になることがわかりました。

おっさんが金を持っていない場合

金を持っていない具体的おっさんについて考えます。世界中のおっさんを「金を持っている」と「金を持っていない」の2グループに分け、前者について1と2の両方が常に満たされることを確認したので、後者について1と2の両方が常に満たされない、あるいは両方が常に満たされることがわかれば、1と2は世界中のすべての具体的おっさんについて等しいことがわかります。

まず1についてですが、「金を持っていない具体的おっさん」は、1の条件と矛盾しますので、1を満たすことはありません。

2については、先ほどと同じように、Yの扱いを2つに分けて考えます。

Yが金であると仮定した場合

Yが金であると仮定した場合は、2の式は1と同一であることを既に示したので、1と同様に、「常に満たさない」ことがわかります。

Yが金でないことを仮定した場合

これについては、このような具体的おっさんが一人もいないので、結論に影響を与えませんが、一応、「常に条件を満たさない」ことがわかっています。

これらのことから、次のことが言えます

「世界中の全ておっさんについて、そのおっさんが金を持っていないのならば、1の条件と2の条件を同時に破る」

これで、「世界中のすべてのおっさんについて、1の条件を満たす時、常に2の条件を満たし、1の条件を満たさない時、常に2の条件を満たさない」ということがわかりました。

したがって、「金のあるおっさん」と「金があるおっさん」は等しいことがわかりました。